10、コスタリカ

 世界で平和憲法を持っているのは日本とコスタリカがあるこの二国であることを今回のツアーで初めて知った。しかもコスタリカは常備軍を全廃したという。中米という紛争の絶えない地域でそういうことができるというのが驚きであった。この選択でコスタリカは中米において安定と信頼を勝ち得ているらしい。隣国から高速道路でコスタリカに入ると舗装と車線が一変して経済的繁栄一目瞭然だという。私たちは一日中観光バスで走り回ったが、山河は緑豊かで、日本の自然によく似ていると思った。

今回の旅ではよくスーパーへ出かけた。小規模な店が多かったが、イタリアとコスタリカの店は日本のスーパーに近かった。コスタリカ土産として名高いコーヒー豆をチョコレートでコーティングしたお菓子は日本人観光客が殺到してすぐ売り切れた。日本人の購買力にコスタリカのスーパーは対応できない。

11、メキシコ

メキシコ人に道を聞くなという言葉があるらしい。彼らは聞かれた道を知らなくても「知らない」なんて冷たいことは言えなくて、親切に嘘の道を教えてくれる。教えられた道を行くととんでもない目に会う。メキシコ観光の現地ガイドはこよなくメキシコを愛する人だ。彼はメキシコ人の楽天性について、この場限りの無責任さについて、そのあふれる友愛について語りは尽きない。私は日本人現地ガイドの話が好きだ。その地の魅力に取りつかれてついに日本を捨てた人の生き方が好きだ。でもそれを巧みに語れる人は多くない。

寄港地アカプルコをバスで発ち、ガイドの話を聞きながらメキシコシティまでの長い時間を過ごす。メキシコシティに入り中心街にあるソカロ広場に近づくと、今日はデモかパレードで道が閉鎖されているから、迂回するという。日本ならデモを規制して道を確保するところだが、メキシコ人はデモに道を譲って回り道すくらい平気なのだ。これでは大統領官邸の観光時間に遅れてしまうのだが、ガイドによると、そのあたりは非常に寛大で、門衛に「アミーゴ!」と呼びかけると、時間が過ぎていても入れてくれるらしい。そのかわりホテルなどはいい加減で故障箇所がいくつもあり、テキパキと対応はしてもらえないらしい。

ガイドの言葉どおり大統領官邸は「アミーゴ」で入館を許可されて、見学するが、何だか変だ、建物が傾いている気がするという人がいた。そう言えば大統領官邸のみならずメキシコシティの建物は傾いているものが多い。この地を征服したスペイン人は先住民アステカ族が湖上の島に建設した都を破壊して、その上に自分たちの都を建設したらしい。そのためにメキシコシティは日々陥没しているらしい。それを修復しようとして掘り返すとアステカ文明の遺物が出てきて手がつけられない。その危険の上に日々居直って暮らすほかない。くよくよしても始まらないという訳だ。メキシコ人の楽天性はそこから来ているという説もある。

ガイドの予告どおり、ホテルはトラブル続出であった。部屋のキーの磁気が効かなくなっており、なかなか部屋に入れない。部屋に入るとバスタブの栓がない。船ではシャワーしかないので、今日は久しぶりに湯につかりたいのだが、添乗員やフロントと交渉していると夜が明けるかもしれない。ここは日本でなくメキシコなんだから、どうしても風呂に入りたいなら、知恵を働かせよ。私はバスタブの栓を手で塞いで何週間ぶりの入浴を果たした。メキシコでなければこんな風呂には入れない。これも旅の楽しみの一つである。

 メキシコシティの近くにテオティワカンという遺跡がある。遺跡はまだ千分の一しか発掘されておらず、太陽のピラミッドと月のピラミッドの間に死者の道があるだけである。この文明はどうして消滅したのかを含めて全く分かっていない。太陽のピラミッドの中段で休息していると、年配の女性が
「主人を見かけませんでしたか」
と問いかけてくる。妻が頂上を目指して一人で昇っていく主人の姿を見ていて、
「先ほど頂上へ上っていかれましよ」
と教えた。後日食事で同席したので、
「お元気ですね。頂上まで上られたんですね。
私は途中でへばって上れませんでした」

と声をかける。年を聞くのは失礼かとためらっていると、向こうから八十五歳であること、心臓をはじめ持病が多いこと、いつどこで倒れてもかまわないからやりたいことをやっていることなどを語り始める。私よりはるかに先に歩いている人生の先輩である。いい旅をしているなぁと感動する。

13、アラスカ

 アラスカはこの旅のハイライトであった。期待に違わずまことに見どころの多い所であった。アラスカに近づくと少しづずつ寒くなり、氷河が現れはじめる。ここの氷河は規模が大きくて、船は氷河の三百メール間近まで接近して汽笛を鳴らして氷河の崩落を催促する。汽笛に響きに共鳴して、しばらく経つと崩落が始まり、雪煙が立ち上り、微かな地響きが聞こえてくる。崩落は幾度も幾度も起こり、大きい崩落が起きると、デッキが嘆声に満たされる。この大崩落がこの旅のクライマックスであった。 ある夜更け、いま前方デッキからオーロラが見えますという放送が入る。デッキに駆け上がってみると、水平線の彼方の空がかすかに色づいている。デッキは感嘆のさざめきにあふれる。まったく不意打ちの出現、船上からオーロラが見えるとは何と僥倖な旅であることか。

 ある日は流氷の上で寝ているアラザシの群れ、ある日は餌場の海域に現れる鯨を見ながら、アラスカのスワードに着く。ここで小型遊覧船でキーナイ・フィヨルド・クルーズに出かける。岩の上で休んでいるトド、舟の下を泳いでいくイルカ、流氷の間に浮かんでいるラッコ、空に舞うウミガラスを見た。最後に四十頭のシャチの群れに会う。シャチは長い潜水の後、一瞬水面に躍り出るが、このときバシャという音が聞こえる。四十頭のシャチが次々と躍り出る様は壮観で、船はどこまでもどこまでもシャチの群れを追いかける。この観光の掉尾を飾るにふさわしいシーンであった。

NO・4