7、ニューヨーク

  今度の「地球一周の船旅」から船がオリビア号からトパーズ号に変わっての初航海である。どんな食事になろうかと心配していたが、まずまず口に合うものを食べさせてくれた。和食が豊富で煮物が結構うまかった。朝、昼食はビュフェスタイル(バイキング)で、夕食はシッティングサービス(コース料理)であるが、七階ヨットクラブでは夕食もビュッフェスタイルを選べた。夕食のシッティングサービスは口に合う料理が少なく、食事時間が長くかかったから、七階でバイキング料理を食べることが多かった。ここは海を見ながら食事が出来た。食事はおおむね満足だった。
 ところが、船がアメリカ領海内に入ると途端に事情が一変する。食卓から日本食が消えたのだ。お粥、生卵、海苔、梅干、納豆、味噌汁。キリンビールは駄目で、アメリカ製ビールはいいのだという。ビュッフェスタイル(バイキング)がダメになる。食事は途端に味気なくなる。アメリカ衛生法の適用だという。

 いよいよ憧れのニューヨーク、私は少年時代からアメリカで見るべきものはニューヨーク、ニューヨークは摩天楼と決めていたのだ。その摩天楼が今眼前に現われる。ハドソン川の自由の女神を過ぎると、濃霧をかき分けて現れる摩天楼の雄姿、高層建築がかくも美しいとは。おう、おう、おうと私はただただ感嘆するのみであった。この新興都市が名だたるヨーロッパの古都に伍するにはもう高さしか残されていない。ニューヨークはひたすら空に向かって伸びていったのだ。高さの美しさ、ただの高さではない、群れとして、全体としての高さ、質量のずっしり詰まった高さが迫ってくるのだ。私はこの高層都市のビューポイントであるエンパイアステイトビルディングの展望台に昼夜二回昇る。「煙と何とかは高きの上る」との言葉の通り私は完全なお上りさんになってニューヨークを見下ろす。このビルディングは私が少年のころから世界一高い建築として名高かったが、今でも摩天楼の象徴的存在として一日中超満員の観光客を集めているのだった。ツインタワー亡き後はもうここしかない。

この船を出しているピースボートが国連へ平和アッピールを提出するという。バッテリー公園で集会をし、9・11で倒壊したツインタワーの跡地のゼロ地点まで歩き、国連本部を見学して、国連事務局との会議に臨む企画である。私はそれに参加する。国連事務次長が出席するこの会議はどのレベルか分からないが、国連本部の正式な会議室で、翻訳イヤホーンを耳に当てて、初めて国際会議に出席したのだ。得がたい体験であった。

 私はかつて野球ファンであった。今でもスポーツの中では野球が一番よく分かる。甲子園へよく行った時期があった。ヤンキースタジアムのヤンキーズとマリナースの試合はこの旅の目玉として楽しみにしていた。イチローと松井が同時に見られるなんてもうここしかない。ヤンキースタジアムの広さはすごい。私は一塁側内野席の端の三階二列目であるが、右翼のフェンスを越える松井のホームランが見えない、右翼を守るイチローが見えない。選手は松井とイチローしか知らないし、それも豆粒くらいにしか見えないので、ゲームは雰囲気を楽しむだけだ。試合の途中席を立って通路へ出ると、長い行列があちこちに出来ている。ベーブルース時代から全く変わっていないと思われる薄暗い通路で食品を売っているらしい。私も列の最後尾について、球場名物の「ホットドッグとコカ・コーラ」を買おうとした。売り子の何と悠長なこと、非能率なこと、待てども待てども行列が縮まらない。やっと私の順番になったかと思うと、ホットドッグは売り切れと言う。コーラだけ買って席に戻るが、ちょっと物足りなくてまたホットドッグを買いに行く。今度は列はなく、すぐに買えた。試合は押さえのリベラが出てきてヤンキースが勝った。遠目にも彼の球の威力は尋常ではない。イチローのスライディングキャッチに拍手していると、隣の女性から「ここは一塁側だからイチローに拍手するのはまずい」と忠告される。

 8、ジャマイカ

 ジャマイカについて何も知らないのに、「おお、ジャマイカ」と思っている。ジャマイカという響きがいいのだ。ここでは「乗馬体験コース」を選んだ。
 まず馬場で参加者が一列に並んで馬合わせをする。馬と人間の相性とか体の大きさとかがあるらしい。馬が決まると歩行訓練をする。馬は瞬時にして乗り手の品定めをするという。私の馬は乗り手を軽んじる気風が明らかで、遅れ勝ちで、道端の草まで食おうとする。
一時間の乗馬で海につく。ともかく馬にうまく乗れたので上機嫌だ。これから海に入るという。その場で海に最初に入るグループを募集する。私たちは手をあげる。さて人々の好奇の眼差しに送られてわれわれ第一グループは海を目指す。私は勝手に波打ち際のジャブジャブ歩き程度と思っていたら、馬はいきなり深みへ進み、ズボンがぬれると思うまもなく、さらに深みへ深みへと進むではないか。やがて馬の足が海底を離れて、泳ぎ始める。あわてて手綱にしがみつき、浮き上がる体を馬体に密着させる。手綱を掴んだまま海面に浮き上がってしまった人もいる。「水着着用のこと」と注意書きがあったのを思い出したが、手遅れである。カリブ海を馬で泳ぐとはなんと豪勢な体験ではないか。

9、パナマ運河 

この旅の楽しみの一つはスエズ、パナマ両運河を通ることであった。スエズ運河は単調な航海だったが、パナマ運河は「船が階段を上る」ように大西洋から一度地峡のガトゥン湖まで船を引き上げて、また下ろすというドラマチックな見所の多い運河であった。湖面と海面の水位の差が26メートルあるため、船を閘門(こうもん・箱型の貯水槽)に入れて、水位を上げて次の閘門へ送り込む。これが三段あって、ガトゥン湖には夕方に着く。上る時に船を引っぱる機関車が人気で、甲板に人が溢れる。また夜中に太平洋に引き下げて行く。閘門が狭いので、最近の豪華客船は通れない。わがトパーズ号(三万三千トン)が通過を許される限度である。

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