帰鳥伝説 連作詩

帰鳥(きちょう)伝説(でんせつ)
 
 >帰鳥伝説
 
その1
 
鳥(とり)たちが帰(かえ)ってきた日(ひ)
すでに森(もり)は消(き)え失(う)せていた
鳥(とり)たちが自分(じぶん)の巣(す)の高(たか)さに見(み)たのは
林立(りんりつ)する団地(だんち)の窓(まど)だった
 
窓(まど)の中(なか)の人間(にんげん)たちは
往古(おうこ)の樹上(じゅじょう)生活(せいかつ)よりはるかの高(たか)みで
いっそう醜悪(しゅうあく)な宙(ちゅう)づりの姿勢(しせい)で
ひっそりと生(い)きていた
 
帰(かえ)ってきた鳥(とり)たちは
産卵(さんらん)の場所(ばしょ)を求(もと)めて空(むな)しく飛(と)びつづけた
かつてのすみかが見(み)つからないので
いつまでも空(そら)にただよっていた
 
夕焼(ゆうや)けが真紅(しんく)に空(そら)を染(そ)めるときだけ
団地(だんち)のシルエットは色(いろ)あせて
そこが鳥(とり)たちの故郷(ふるさと)であったことを
思(おも)い出(だ)させた
 
もう人間(にんげん)は死後(しご)
鳥(とり)の形(かたち)をしてさまようことを忘(わす)れていた
それは鳥形霊(とりがたれい)と呼(よ)ばれ
ヤマトタケルも白鳥(はくちょう)と化(か)して天翔(あまがけ)ったという
 
だから故郷(ふるさと)を失(うしな)ったのは
鳥(とり)たちだけではなかった
人間(にんげん)の祖霊(それい)たちも
空(そら)に行(ゆ)きくれていた
 
巨大(きょだい)な高層(こうそう)団地(だんち)に侵蝕(しんしょく)された空(そら)を
きょうも飛(と)びつづける鳥(とり)たちの体内(たいない)で
産(う)み落(お)とされないまま
卵(たまご)はすでに腐乱(ふらん)しはじめていた
 
 
 
その2
 
少女(しょうじょ)が生(う)まれたとき
もう空(そら)には鳥(とり)がいなかった
彼女(かのじょ)はその長(なが)い不眠(ふみん)の夜(よる)
夢(ゆめ)の古層(こそう)に鳥(とり)の化石(かせき)を掘(ほ)り当(あ)てた
 
化石(かせき)の中(なか)で
鳥(とり)は羽(はね)を拡(ひろ)げていた
鳥(とり)は軽(かる)いので
石(いし)となっても空(そら)に浮(う)こうとした
 
世(よ)の中(なか)を憂(う)しとやさしと思(おも)へども
飛(と)び立(た)ちかねつ鳥(とり)にしあらねば
化石(かせき)の中(なか)から
遠(とお)い昔(むかし)の詩人(しじん)の声(こえ)がこだました
 
少女(しょうじょ)は化石(かせき)を集(あつ)めては
鳥(とり)をよみがえらせようとした
親鳥(おやどり)が雛(ひな)をかえすように
彼女(かのじょ)は化石(かせき)を暖(あたた)めていた
 
イカロス
舌切(したき)り雀(すずめ)
比翼(ひよく)の鳥(とり)
フェニックス
(大鵬(たいほう)という相撲鳥(すもうとり)は空(そら)を飛(と)んだのかしら)
 
ある日(ひ)とうとう
化石(かせき)から伝説(でんせつ)の鳥(とり)が巣立(すだ)ったのだ
鳥(とり)はぎこちなく羽(はね)を拡(ひろ)げて
少女(しょうじょ)の空(そら)をはばたいた
 
その日(ひ)から
少女(しょうじょ)は人間(にんげん)であることを拒(こば)んで食(しょく)を絶(た)った
彼女(かのじょ)はしだいに軽(かる)くなり
ついに空(そら)に浮(う)かんでしまった
 
少女(しょうじょ)は羽(は)ばたくすべを知(し)らなかったので
軌道(きどう)で塞(ふさ)がれた空(そら)に
あぶなっかしい恰好(かっこう)で
浮(う)かんでいるだけだった
 
 
 
その3
 
かつてこの一帯(いったい)は尾根(おね)や谷(たに)の入(い)り組(く)んだ丘陵(きゅうりょう)
鳥(とり)たちの巨大(きょだい)なねぐらだった
一日(いちにち)の終(おわ)り
夕焼(ゆうや)けの空(そら)に大(おお)きな弧(こ)を描(えが)いて
鳥(とり)たちは帰(かえ)ってきた
鳥(とり)たちの夢(ゆめ)の王国(おうこく)
 
その山並(やまな)みを削(けず)って
人(ひと)は巨大団地(メガロポリス)をつくりあげた
一日(いちにち)の終(おわ)わり
地下鉄(ちかてつ)のトンネルを通(とお)って
人々(ひとびと)はひっそりと帰(かえ)ってきた
人間(にんげん)のドリームランド
 
人々(ひとびと)が寝静(ねしず)まり
夢(ゆめ)があたり一帯(いったい)に立(た)ちこめるころ
夜(よる)の静謐(しじま)の底(そこ)で
ミシリ ミシリ キーンと
団地(だんち)は乾(かわ)いた音(おと)を立(た)てて
人間(にんげん)の夢(ゆめ)をきしませた
 
目覚(めざ)めた人々(ひとびと)が聞(き)き耳(みみ)を立(た)てると
音(おと)はいつも哀(かな)しい余韻(よいん)を残(のこ)して
空(そら)へのぼっていった
 
住民(じゅうみん)は不安(ふあん)に駆(か)られて
異音(いおん)連絡(れんらく)会議(かいぎ)を作(つく)り
建設(けんせつ)業者(ぎょうしゃ)と交渉(こうしょう)した
会議(かいぎ)は延々(えんえん)と続(つづ)いたが
原因(げんいん)は不明(ふめい)のままだった
 
夜(よる)になると
山(やま)はもとの高(たか)さを取(と)り戻(もど)そうと
身(み)じろぎするのだという
 
実際(じっさい) 山(やま)は団地(だんち)を載(の)せたまま
少(すこ)しずつ隆起(りゅうき)して
もとの姿(すがた)へ復元(ふくげん)していく
鳥(とり)たちの夢(ゆめ)のなかのあの山容(さんよう)
 
 
 
その4
 
鳥(とり)たちはどこへ行(い)ったのか
山(やま)を削(けず)った人工(じんこう)都市(とし)
完全(かんぜん)舗装(ほそう)の土(つち)のない街(まち)を
鳥(とり)たちの不在(ふざい)の空(そら)が覆(おお)っていた
 
削(けず)り取(と)られた土(つち)は
海(うみ)へ運(はこ)ばれて人工島(じんこうとう)になったという
鳥(とり)は土(つち)とともに
そこへ移(うつ)り住(す)んだのであろうか
 
鳥(とり)たちのなじみの土(つち)
その土(つち)が育(そだ)てた樹木(じゅもく)の枝(えだ)に
昔(むかし)ながらの巣(す)をかけて
ひなを育(そだ)てているのであろうか
 
ある日(ひ)
私は土(つち)が運(はこ)ばれたという道(みち)を通(とお)って
その島(しま)へ渡(わた)ってみた
 
海上(かいじょう)に聳立(そばだ)つコンテナ基地(きち)
幾多(いくた)の船影(せんえい)をまとわせた海上(かいじょう)都市(とし)の
弧(こ)を描(えが)いて巡(めぐ)る回廊(かいろう)道路(どうろ)を
車(くるま)は風(かぜ)のように流(なが)れていた
 
はるかに打(う)ちつづく街路樹(がいろじゅ)のどの枝(えだ)にも
鳥(とり)たちの姿(すがた)は見当(みあた)らなかった
白(しろ)い波頭(はとう)の砕(くだ)けるコンクリートのどの岸辺(きしべ)にも
鳥(とり)たちの姿(すがた)は見当(みあた)らなかった
 
削(けず)られた山(やま)と埋(う)め立(た)てられた島(しま)は
海(うみ)を隔(へだ)てて向(む)き合(あ)っていたが
鳥(とり)たちが海(うみ)を渡(わた)って飛翔(ひしょう)するのを
見(み)たものは誰(だれ)もなかった
 
山(やま)を消(け)し島(しま)を創(つく)った
現代(げんだい)の国生(くにう)み神話(しんわ)の語(かた)り部(べ)たちの耳(みみ)にも
山(やま)を追(お)われた鳥(とり)たちのニュースは
まだ届(とど)いていないという
 
ただ夜(よる)になると
人工(じんこう)都市(とし)を載(の)せたまま
もとの高(たか)さへ隆起(りゅうき)して行(ゆ)く山(やま)と
海上(かいじょう)都市(とし)もろとも海(うみ)へ陥没(かんぼつ)して行(ゆ)く島(しま)の
ひそかなどよめきが伝(つた)わってくるという
 
 
 
その5
 
かつてこの一帯(いったい)は青垣山(あおがきやま)
空(そら)を埋(う)め尽(つく)したおびただしい
鳥群(ちょうぐん)の基地(きち)
人々(ひとびと)はその緑(みどり)なす鳥(とり)の棲(すみか)を
荒涼(こうりょう)たる一面(いちめん)の岩(いわ)の舞台(ぶたい)
ニュータウン建設(けんせつ)用地(ようち)にしてしまった
 
人々(ひとびと)は流入(りゅうにゅう)しつづけ
団地(だんち)は増殖(ぞうしょく)しつづけ
その威容(いよう)は空(そら)を犯(おか)すかに見(み)えた
 
しかしある晴(は)れた朝(あさ)
どこからともなく霧(きり)が湧(わ)き
地表(ちひょう)を駆(か)け上(あが)ってくると
たちまちにして団地(だんち)はもとの山(やま)に返(かえ)る
霧(きり)は空(そら)を覆(おお)い
点灯(てんとう)した街灯(がいとう)を消(け)し
徐行(じょこう)する車(くるま)を呑(の)み
屋上(おくじょう)の水槽(すいそう)をうずめて
流(なが)れて行(ゆ)く
 
茫々(ぼうぼう)たる霧海(むかい)の中(なか)を
団地(だんち)のシルエットは漂流(ひょうりゅう)する
やがて霧海(むかい)の底(そこ)に
一面(いちめん)の樹林(じゅりん)が出現(しゅつげん)する
 
その樹木(じゅもく)の枝々(えだえだ)に
せせらぎのような
羽(は)ばたきの音(おと)が流(なが)れ
 
吹(ふ)く風(かぜ)と共(とも)に
そよそよと そよそよと
無数(むすう)の鳥影(ちょうえい)が飛来(ひらい)する
霧粒(きりつぶ)と化(か)した
鳥(とり)たちが帰還(きかん)する
 
 
 
その6
 
山(やま)が崩(くず)れると
女(おんな)は湖水(こすい)をたずさえて帰(かえ)ってきた
 
女(おんな)はしなやかな体(からだ)の内(うち)に
青(あお)い水(みず)をたたえて歩(ある)いた
 
湖底(こてい)には澗水(かんすい)を遡上(そじょう)した
深海魚(しんかいぎょ)が住(す)んでいた
 
その魚(さかな)の夢(ゆめ)がひらく夜明(よあ)けの空(そら)に
鳥(とり)の大(おお)きな翼(つばさ)が広(ひろ)がる
 
 
 
その7
 
飛(と)ぶべき空(そら)はすでになかった
かつて地上(ちじょう)から追(お)われたように
こんどは
空(そら)から追(お)いたてられる
 
空(そら)を失(うしな)った鳥(とり)は
いったいどこを飛(と)べばよいのか
 
空(そら)のかなたの空(そら)
空(そら)の余剰(よじょう)を
自分(じぶん)の羽(はね)を糧(かて)として
紡(つむ)ぎ出(だ)す他(ほか)ないのであった
 
羽(は)ばたくごとに
現(あら)われては消(き)える非在(ひざい)の空(そら)を
鳥(とり)は向(む)こうへ向(む)こうへと
はみ出(だ)して行(ゆ)くのであった
 
 
 
その8
 
星(ほし)の光(ひかり)が降(お)りてくると
山襞(やまひだ)が積(つ)み重(かさ)ねた幾重(いくえ)もの闇(やみ)の奥(おく)で
鳥(とり)たちの夢(ゆめ)の領土(りょうど)が静(しず)かに広(ひろ)がる
 
狐火(きつねび)をかざした
狐(きつね)の嫁入(よめい)りの行列(ぎょうれつ)が
夢(ゆめ)の曠野(こうや)を横切(よこぎ)って行(ゆ)く
 
平家(へいけ)を追討(ついとう)する
義経軍(よしつねぐん)の人馬(じんば)のどよめきが
夢(ゆめ)の山野(さんや)にこだまする
 
神隠(かみかく)しに会(あ)った子供(こども)を探(さが)す
提灯(ちょうちん)の列(れつ)が
夢(ゆめ)の稜線(りょうせん)を照(て)らしたこともある
 
鳥(とり)たちの夢(ゆめ)が
いつまでも続(つづ)くかと思(おも)われたとき
光(ひかり)の伝説(でんせつ)に憑(つ)かれた人間(にんげん)たちは
 
ついにウランを光(ひかり)に変(か)え
送電線(そうでんせん)を伸(の)ばして
鳥(とり)たちの夢(ゆめ)に襲(おそ)いかかり
 
山(やま)が蓄(たくわ)えてきた
幾万年(いくまんねん)もの重層(じゅうそう)する闇(やみ)を
燎原(りょうげん)の火(ひ)のように焼(や)き払(はら)った
 
光(ひかり)の洪水(こうずい)の上(うえ)に
都市(とし)は建(た)てられ
その乱反射(らんはんしゃ)に盲(めし)いて
鳥(とり)たちは木(き)から落(お)ちる
 
鳥(とり)たちの長(なが)い不眠(ふみん)の日々(ひび)が来(き)た
眠(ねむ)りを紡(つむ)ぐわずかの闇(やみ)も
もうどこにも残(のこ)ってはいなかった
 
ただ谷底(たにそこ)の窪(くぼ)みの
地(ち)の穴(あな)のような湖(みずうみ)だけが
湖底(こてい)に小(ちい)さな闇(やみ)を隠(かく)していた
 
光(ひかり)の都市(とし)の最後(さいご)の仕上(しあ)げに
人々(ひとびと)は湖水(こすい)を汲(く)み干(ほ)し
湖底(こてい)をグランドにした
巨大(きょだい)なスタディアムを作(つく)りあげた
 
ゲームがはじまると
照明灯(しょうめいとう)のカクテル光線(こうせん)の中(なか)を
いつも一羽(いちわ)の水鳥(みずどり)が舞(ま)うという
 
行(い)きはぐれたやつが一羽(いちわ)
めくらめっぽう
飛(と)び狂(くる)っているのだという
 
 
 
その9

追(お)いつめられた子供(こども)たちは
高層(こうそう)住宅(じゅうたく)に駆(か)けのぼり
身(み)を翻(ひるがえ)して空(そら)に飛(と)ぶ
 
昔(むかし)から空(そら)は
地上(ちじょう)からの逃避(とうひ)の場所(ばしょ)であった
子供(こども)たちは鳥(とり)に転生(てんせい)する一瞬(いっしゅん)の至福(しふく)に
おのれを賭(か)ける
 
しかし空(そら)は
かつて鳥(とり)を受(う)け止(と)めた優(やさ)しさを
もう持(も)ってはいなかった
 
鳥(とり)のいない空(そら)を
子供(こども)たちはつぶてと化(か)して
落下(らっか)する
 
 
 
その10
 
最後(さいご)の鳥(とり)が飛(とび)去(さ)ってから
街(まち)は時間(じかん)を失(うしな)ってしまった
鳥(とり)たちがあらゆる記憶(きおく)を持(も)ち去(さ)ったので
もうここは何処(どこ)でもない
 
消(き)え去(さ)った鳥(とり)たちの
墓標(ぼひょう)のような団地群(だんちぐん)
果(は)てしなく続(つづ)く
墓碑銘(ぼひめい)のない墓碑(ぼひ)の列(れつ)
 
もう何(なん)の告知(こくち)でもない夕焼(ゆうや)けが過(す)ぎ去(さ)ると
街(まち)は灯明(とうみょう)の海(うみ)となり
墓碑銘(ぼひめい)は人魂(じんこん)のレプリカのように
にせ白夜(びゃくや)の空(そら)にただよう
 
空(そら)は鏡(かがみ)のように明澄(めいちょう)で
ときどき屈折率(くっせつりつ)が変(か)わって
不在(ふざい)の鳥群(ちょうぐん)を写(うつ)し出(だ)すことがある
 
鳥(とり)は遥(はる)かな空(そら)を
時(とき)の指標(しひょう)のように通(とお)りすぎ
街(まち)に降(お)りることはなかった
 
時間(じかん)の墓標(ぼひょう)の指(さ)す空(そら)を
鳥(とり)は季節(きせつ)の風(かぜ)となり
ただ吹(ふ)きすぎるばかりであった
 
 
 
その11
 
夜(よる)が来(く)ると
水(みず)はひたひたと還流(かんりゅう)し
都市(とし)は湖底(こてい)に陥没(かんぼつ)する
 
かつて湖岸(こがん)であった山並(やまな)みを越(こ)えて流(なが)れ込(こ)む
満々(まんまん)たる湖水(こすい)
太古(たいこ)の湖(みずうみ)がよみがえる
都市(とし)の一番(いちばん)高(たか)い塔(とう)が水没(すいぼつ)し
鳥(とり)たちは水鳥(みずどり)となって湖面(こめん)に浮(う)く
 
灯(あか)りをともしたまま都市(とし)は湖底(こてい)に眠(ねむ)り
人々(ひとびと)の夢(ゆめ)は湖水(こすい)に浸(ひた)される
 
古神戸湖(ここうべこ)と名(な)づけられた大湖(たいこ)の湖底(こてい)に
ひときわ華(はな)やぐ夢幻(むげん)都市(とし)
その遠(とお)い反照(はんしょう)で湖面(こめん)はほのかに明(あか)るい
 
夜(よ)が明(あ)けると
湖水(こすい)は流出(りゅうしゅつ)し
やがて喫水線上(きっすいせんじょう)に都市(とし)は浮上(ふじょう)し
鳥(とり)たちは空(そら)に浮(う)く
 
こうして鳥(とり)は忙(いそが)しく湖面(こめん)と空(そら)を住(す)み分ける
須磨(すま)ニュータウンの昼(ひる)と夜(よる)
 
 
 
その12

なだらかな丘陵(きゅうりょう)にそって
古(ふる)い鳥(とり)の道(みち)があった
おおきな弧(こ)を描(えが)く回廊(かいろう)を
鳥(とり)たちはゆっくりと巡(めぐ)っていた
 
鳥(とり)たちに遅(おく)れて
人間(にんげん)の夢(ゆめ)が流(なが)れていた
 
人(ひと)の視線(しせん)は
山(やま)の遥(はる)かさに耐(た)えられなくて
渺(びょう)とかすんだ山(やま)の果(は)てに
人(ひと)の形(かたち)をしたものを住(す)まわせた
人(ひと)はそれをやまんばと呼(よ)んだ
 
やまんばはその長(なが)い手(て)を延(の)ばし
裂(さ)けた大(おお)きな口(くち)を開(あ)き
人(ひと)の夢(ゆめ)食(く)って天(てん)に届(とど)き
人間(にんげん)そっくりの悪相(あくそう)で
人(ひと)を脅(おびや)かしたりした
 
やまんばは山(やま)とともに生(い)き
山(やま)とともに年老(としお)いた
 
飯(めし)食(く)わぬ嫁(よめ)を求(もと)めた男(おとこ)の末裔(まつえい)たちは
またしてもあこぎなからくりを思(おも)いつき
やまんば狩(か)りをはじめる
 
山(やま)を削(けず)り
谷(たに)を埋(う)め
杭(くい)打(う)ち込(こ)んで
やまんばの処刑(しょけい)
 
惨殺(ざんさつ)されたやまんばの死体(したい)のうえに
新(あたら)しい都市(とし)が誕生(たんじょう)する
緑(みどり)の回廊(かいろう)は光(ひかり)の流沙(りゅうしゃ)となり
指標(しひょう)を失(うしな)った鳥(とり)たちは流亡(りゅうぼう)した
 
夜(よ)が更(ふ)けると
眠(ねむ)りに落(お)ちた都市(とし)のあちこちから
やまんばは四散(しさん)した手足(てあし)を拾(ひろ)い集(あつ)め
黒々(くろぐろ)とビルディングの背後(はいご)から立(た)ち上(あ)がる
 
すると遺棄(いき)された山々(やまやま)の闇(やみ)が帰(かえ)ってきて
やまんばの影(かげ)を織(お)りあげる
やまんばがひきずって歩(ある)く一枚(いちまい)の大(おお)きな影(かげ)
その真闇(まやみ)のなかで輝(かがや)き始(はじ)めた星(ほし)たちが形作(かたちづく)る
鳥(とり)たちの飛翔(ひしょう)の姿(すがた)
 
 
 
その13
 
鳥(とり)が自分(じぶん)の空(そら)を飛(と)び尽(つく)くすとき
空(そら)の向(む)こうの蒼穹(そうきゅう)へ
最後(さいご)の旅立(たびだ)ちをする
自(みずか)らの飛翔(ひしょう)を葬(ほうむ)るために
 
空(そら)のかなたのもうひとつの空(そら)
空(そら)の青(あお)さの始源(しげん)であるそこは
翼(つばさ)あるものの原郷(げんきょう)
輪廻(りんね)も転生(てんせい)もない無底(むてい)の虚空(こくう)
 
鳥(とり)たちは己(おのれ)の死(し)を人目(ひとめ)にさらすことはない
その虚空(こくう)に帰(かえ)る簡潔(かんけつ)な空虚(くうきょ)
私(わたし)は自(みずか)らを葬(ほうむ)る虚空(こくう)を持(も)たぬゆえに
他(ほか)の翼(つばさ)持(も)たぬものとともに地(ち)に帰(かえ)りたい
 
ジンギス・ハ−ンの墓(はか)はないという
芒々(ぼうぼう)たる草原(そうげん)を駆(か)け抜(ぬ)ける
一陣(いちじん)の風(かぜ)
 
どこに翼(つばさ)あるものの墓(はか)があろうか
どこに翼(つばさ)なきものの墓(はか)があろうか
 
私(わたし)が死(し)んだら墓(はか)をつくるな
墓碑銘(ぼひめい)を刻(きざ)むな
 
鳥(とり)が虚空(こくう)に帰(かえ)るなら
せめて
私(わたし)を地(ち)に帰(かえ)らしめよ
 
私(わたし)の生涯(しょうがい)を乗(の)せたこの大地(だいち)に
私(わたし)の灰(はい)を撒(ま)け
 
 
 
その14
 
ともすれば垂(た)れ下(さ)がる空(そら)を
山(やま)は懸命(けんめい)に支(ささ)えていた
空(そら)はすすけてずしりと重(おも)く
山(やま)の背(せ)は屈(かが)まりつづけた
 
じわじわ沈(しず)んでくる空(そら)の重(おも)さに
けなげに耐(た)えていた山(やま)を
削(けず)り始(はじ)めたやつがいた
 
山(やま)はしだいにそぎ落(おと)されて
露出(ろしゅつ)した地軸(ちじく)となり
それでも空(そら)を支(ささ)えていた
 
大地(だいち)の最後(さいご)の悲願(ひがん)のように
そそり立(た)つ山(やま)の背骨(せぼね)を切(きり)倒(たお)して
そいつは街(まち)を作(つく)った
消(き)え去(さ)った山(やま)の吐息(といき)のように
空(そら)が一面(いちめん)に地(ち)を覆(おお)った
 
垂(た)れ下(さ)がる空(そら)を
人(ひと)はビルディングを建(た)てて持(も)ちあげた
大地(だいち)に打(う)ち込(こ)まれたコンクリ−トの列柱(れっちゅう)は
高(たか)く聳(そび)えはしたが
山(やま)のようにはいかなかった
 
空(そら)はいびつに歪(ゆが)んで垂(た)れ下(さ)がり
鳥(とり)たちはもう飛(と)ぶことはできなかったので
羽(はね)を畳(たた)んで
とぼとぼと
歩道(ほどう)を歩(ある)いていた
 
 
 
その15
 
山上(さんじょう)の街(まち)は風(かぜ)に吹(ふ)き上(あ)げられて
一瞬(いっしゅん) 空(そら)に舞(ま)う
 
山(やま)の造成地(ぞうせいち)に据(す)えられた
根(ね)のない箱状(はこじょう)の団地(だんち)を
風(かぜ)は軽々(かるがる)と持(も)ち上(あ)げる
 
かつて道(みち)の隈(くま)には祠(ほこら)や道祖神(どうそじん)が宿(やど)り
家々(いえいえ)は家風(かふう)や系図(けいず)の錘鉛(おもり)を垂(た)らして
地中(ちちゅう)深(ふか)く地霊(ちれい)と繋(つな)がっていた
 
鳥(とり)を追放(ついほう)して街(まち)を造(つく)った時(とき)
人々(ひとびと)は地霊(ちれい)の宿(やど)る地(ち)の窪(くぼ)を削(けず)ってしまった
かくて区画(くかく)整然(せいぜん)たる街(まち)に
家(いえ)を地(ち)に繋(つな)ぎ留(と)めるものは何(なに)もなかった
 
風(かぜ)の吹(ふ)く日(ひ)
もう名(な)も顔(かお)もない家(いえ)が
がらんどうの空(そら)に舞(ま)う
 
人々(ひとびと)は我(わ)が家(や)を求(もと)めてさまよう
「四〇号棟(よんじゅうごうとう)を知(し)りませんか」
「四〇五号室(よんまるごごうしつ)はどこですか」
同(おな)じ顔(かお)の家(いえ)を見分(みわ)けるには番号(ばんごう)しかない
 
風(かぜ)が吹(ふ)く度(たび)に家々(いえいえ)は空(そら)に舞(ま)い
人々(ひとびと)の家(いえ)探(さが)しは果(は)てしがない
 
私(わたし)はうっかり家(いえ)の地番(ちばん)を忘(わす)れてしまって
自分(じぶん)の家(いえ)に帰(かえ)りつけなくなった
途方(とほう)に暮(く)れた胸(むね)のあちこちに風(かぜ)が溜(た)まり
私(わたし)は地(ち)からこぼれて空(そら)に浮(う)く
 
名(な)と顔(かお)を失(うしな)って盲(めし)いたら
私(わたし)は鳥(とり)になれるかもしれない
 

初出その1  その2『貫生』第10号1984年 7月
その3『貫生』第12号1985年12月
その4 〜 その6『貫生』第13号1986年 7月
その7   その8『貫生』第14号1987年 3月
その9   その10『貫生』第15号1988年 3月
その11  その12『貫生』第16号1990年 8月
その13  その14『貫生』第17号1992年10月
その15『貫生』第18号1995年 5月
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